高校野球について

いつだったか、高校野球で、ホームランを打って思わずやったガッツポーズが、「高校生らしくない」という理由で、アウトになった話があった。これは、勉強の一環だからこそ認められているものであるから、ガッツポーズは、それにふさわしくない、というのであろう。

しかし、これは大きな思い違いである。

そもそも学校とは、社会へ出るのに必要な知識や技術を身につけるために存在する。しかし、学ぶことに喜びを感じてはいけない筈がない。いや、寧ろ、喜びを感じながらすることが、学ぶことである。これを感じられないからこそ、学校へ行けない者が増え、学校の存在意義が問われているのである。

喜びがあるからこそ、練習にも熱が入り、プロに入った時に、即戦力として役立つのである。即ち、社会へ出るのに必要な知識や技術を身につける、という目的が果たせるのである。

これが半ば禁止されている様な、高校野球だからこそ、国際試合で勝てないし、オリンピックでも勝てないのである。即ち、オリンピックの野球で勝てないのは、全て高野連が、高校球児を、無用な「高校生らしくない」という理由で縛り、弱体化させているからである。

高野連は、勉強とは何か、学校とは何故存在するのか、を正しく理解し、考えを変えて欲しいものである。勿論、高野連に、「高校生らしくない」と言って抗議する、頓珍漢も同様である。

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