英語は正確な言語か
コンピュータのエラーメッセージを誤って解釈したことはないだろうか。私はある。
何故だろうか。答えは簡単だ。英語はいい加減な言語だからだ。
1つの単語が、名詞、動詞、形容詞、形容動詞、副詞としての意味を持つ場合がある。機械翻訳を考える場合、これがかなりの障害となる。日本語の場合、1つの言葉は1つの詞にしか属さない。名詞を動詞に変えるには、〜する、をつける必要があり、極めて明示的である。
もう1つ機械翻訳で障害となっているのは、and/or の扱いである。特に and が多い。これが文章の中に出てくると、機械翻訳の精度が極端に悪くなる。言葉として意味が通じなくなる。一意的に判断できるのであれば、意味まで通じなくなる筈がない。解釈の仕方が幾通りもあるからこそ、意味の通じない翻訳をしてしまうのである。
日本語の場合も、意識的に長くすることは出来るが、意識的に短く区切ることも出来る。例え短く区切ったとしても、決して意味が違ってくることはない。同じ精度で意味を伝えることが出来る。しかし、英語ではそれが出来ないらしい。短くした場合、意味を誤解されて解釈されてしまう様だ。その根拠は、英語で書かれたマニュアルに、and がかなり頻繁に出てくるからである。マニュアルは、日常生活とは違い、正確さを要求される文章で書く必要があるからである。
言語学者ではないので、単なる印象だが、日本語は、言葉を重ねる事により、焦点を絞って行くことが出来る言語であるのに対し、英語は1つの文章の中で、その意味を表現することが要求される言語 なのではないだろうか。従って、小さく区切った場合、どの様にでも解釈できる言葉を重ねることになってしまうため、かえって焦点が発散してしまうのではないだろうか。でなければ、解り易さも求められるマニュアルに、あんなに and を多用する筈がない。
英語では、色名を正確に区別して使わなければならない。しかし、自然界にある色全てに名詞が揃っている訳ではない。日本語では普段は、正確な色の区別をする必要はない。しかし、自然界にある色全てを名詞にすることが出来る。〜色を付けるだけだからである。
英語は、最も普及している言語である。しかし、その原因は、単に侵略の苛烈さを証明しているに過ぎない。言語的に優秀だから普及した訳ではない。
英語は論理的、日本語は叙情的であると言われる。確かにマニュアルを訳していると、冗長な文に出くわすことが多々ある。話の流れから言って全く必要としない文が出てくるのである。これを論理的というのだろうかと言いたい所だが。日本語は感情を表す表現が特に多いそうである。特に作詞をする場合は、日本語が最も表現力が高いと言われている。歌には癒しの効果がある。微妙な表現が可能な日本語には、特にその効果が強いと言えるだろう。
英語には、普段使う言葉に危険な表現というものがある。現実に1冊の本になる位に多数。日本語にはそのような危険な表現はない。日本語の場合、そのような表現は、専用の言葉を作ってしまうからである。日本語で2重の意味を持つ表現を敢えてあげるならば、隠語だろう。これはその業界人にしかわからない言葉のことであり、一般人 に使っても通じないものであるから、英語の様に一般人が本を買ってまで覚えなければならないものではない。
使い方に制約があり、訳し方に一貫性がなく、論理的で殺伐としている言語が標準語として出回っているから、世界は平和にならない、というのは言い過ぎだろうか。
日本語を学ぶ人が増えている。これは、日本に来たい人が増えているからに他ならない。なぜ日本に来たいのか、テレビなどのインタビューによれば、日本人は皆優しいからだそうだ。なぜ優しい人が多いのか。それは、日本が平和憲法の名の下に、兵役をしていないからではないだろうか。兵役とは、その暗部が小説や映画になってしまう程の経験をするものだからである。この為、日本人は、これを経験している他国の人と比べ、安らかな人間性を維持できているのではないだろうか。
だとするならば、我々は、現状を維持する努力をしなければならない。一人でも多くの人が日本語を学び、日本語の歌を聴き、理解し、その叙情性によって安らぎを得、世界平和を導き出すためにも。
軍隊が必要だと言っている政治家は排除すべきなのである。