国民健康保険制度について

今の赤字を解消するほどのアイデアは、さすがにないが、今の制度が、基本を見誤っていることは確かである。その点だけでも指摘しておきたい。

今の制度は、支出を、患者数や、薬の使用量で決めている。従って、患者数や、薬の使用量が減れば、支出も抑えられると思っている。この点が間違っている。昔も今も、薬の量を決めるのは医者であり、患者数や、薬の使用量でしか保険がおりないのであれば、医者としては当然、不当に患者数を増やし、不当に薬の使用量を増やさざるを得ない。

現に、この制度の最たるものに、医薬分業が実施されているが、これにより医療費は抑えられたのだろうか。疑問である。実際に、患者である我々が1割を負担している訳だが、医薬分業が実施されたときに、医者からは、「以前よりも少しだけ高くなりますが」、と言う説明を受けている。1割を負担している我々が、支出が多いと考えているのであるから、これを9倍した国保からの支出も、増えている筈である。今からでも遅くない。医薬分業の制度は廃止すべきだ。

本題に戻ろう。では、支出をどう考えるべきか。保険料の行き着く先を考えればよいのである。

保険料の行き着く先、それは、医者と製薬会社である。彼らの収入源は、他にもあるだろうが、殆どが国保から出ていることは間違いない。

そもそも、国保の収入に対して、全ての医者と製薬会社を養うだけのキャパがあるのか。無いので在れば、収入を増やす必要があるが、その前に、医者と製薬会社を整理する必要があるだろう。少なくとも、製薬会社はこんなに必要ではない。

医院長だけが儲かり、所属している医師は、安月給だという話を聞く。であれば、医院長の報酬を国保で決める手もある。殆どが国保から出ているのであるから、それ位の権利はあるはずだ。

患者数や、薬の使用量でしか保険がおりないため、アメリカのような、手厚い医療サービスが出来にくい。アメリカに見習おうとしている(ホスピスなどの)サービスは、殆どボランティアである。このような新しいサービスについても、手当が必要である。

老人の患者数の多さが、保険料を圧迫しており、老人は暇だから医者に来ている、と言う考えがあるようだ。そのため、これを減らそうとしているようだが、今の老人は、本当に医者にかかる必要はないのか。本当に暇で来ているだけならば、待合室の片隅を、老人用に提供しても良いのではないか。確かに、ただでさえ狭い待合室が、更に狭くなる訳だが、診療時間が短くなるのであれば、苦にもならないであろう。勿論場所の提供料は必要である。老人センターなどが在るではないか、と言う意見には、身近にはない、と言う返答ができる。

医者は儲かる、と言う固定観念が定着している。しかし、その収入源である国保は赤字続きである。矛盾している。収入が赤字であれば、当然配当も少なくなってしかるべきだ。医療費の出回り先をもっと良く検討し、廻すべき所に廻すべきである。医者は儲からない、と言う固定観念が定着すれば、本当に仁術をしようと言う医者だけになり、もっと医療制度が充実するはずである。一部の悪い医者にだけ金が廻り、仁術をしようと言う良い医者に金が廻らない今の制度は、是非見直して欲しい。

これからの日本の国民のために。

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