正義について

子供には、とても聞かせられない事だが、日本の正義の味方は人殺しである。アメリカの正義の味方は、暴力を使う。これらは、正義の名の下に行われている悪事である。

正しい行ないとは、話し合いと説得である。最も、勧善懲悪の設定では、話し合いも説得も有り得ないので、これを引き合いに出すのは、間違いだとは思うが。

よく戦争も正義の名の下に行われているが、これらも、もちろん悪事である。

戦争を始める前は、人殺しは悪事であり、人の命は、地球よりも重いと言っている筈である。所が、一端戦争を始めてしまうと、人殺しは正当化され、人の命は、紙くず同然に扱われてしまう。実に無茶苦茶な話である。

即ち正義とは、絶対評価ではなく相対評価なのである。

戦争、人殺し、暴力等の悪事により、他人の意志を変えようとする行為は、ひどく単純で、動物が行なっている行為でもある。即ち、本能である。本能のままに行動することは、動物並の知能しかないことを意味する。

これに対し、人間には、知性がある。話し合いや説得等により、他人の意志を変えようとする行為は、時には不可能であるようにも思われるが、極めて知性的な行為であり、人間にしかできない行為なのである。

従って、人間でありたい、と願うならば、決して正義の名の下に、戦争を口にしてはならないのである。これを口にした時、その者は、物となり、動物と成り下がってしまうのである。 また、正義とは相対評価なのであるから、自分は優柔不断な人間なのだ、と宣伝している事になる。

正義ばかりを口にするアメリカではあるが、正義のリーダーシップではなく、人間のリーダーシップを目指して欲しいと思っている。難しい事だ、とは理解しているが、無抵抗主義のキング牧師を生み出したアメリカでもあるのだから、不可能ではないと信じている。

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