アメリカの交渉術について
再放送された、TV版スタートレック1の中の1場面を見て思ったこと。
未知の惑星を発見し、和平交渉するため、惑星に降り立ったカーク船長一行は、様子を見に来た警備兵を見るや、銃撃戦を繰り広げ、相手を降伏させて、初めて口を開き、「我々は戦いに来たのではない、話し合いに来たのだ。」と言ったのだ。勿論、かなり前のことなので、細部は違っているだろうが。
たかがTVでのことだ、と思われるかもしれないが、TVは文化の鏡である。文化に則していない番組は受け入れられはしない。ましてや主題ではないシーンの場合、文化が出てしまうのは、当然の成り行きだ。
なるほど、これがアメリカの交渉術なのだ。
まず、相手を完膚無きまで叩きのめし、相手の切り札を無くさせ、自分達は切り札をちらつかせながら、交渉をするのだ。これをアメリカでは話し合いというらしい。
これは、これまでのアメリカとの交渉を振り返って見ても判る。彼らは、必ず決定的な切り札を用意してから、テーブルについている。つまり彼らは、説得によって、相手の意志を変えること、を話し合いとは言わないのである。相手をテーブルに着かせ、切り札で脅しをかけ、自分たちの意見を押し通す。これがアメリカにとっての話し合いなのだろう。
アメリカでも、説得によって、相手の意志を変える教育はしている。ディベートである。最も、これが本来の話し合いを指すのかは、定かではないが。脅しよりはましかもしれない。